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組織のトップとしてのスタンス

トップとしてのスタンスについて

成功への道しるべ (266) 2008年2月27日
Success Guide Post   サクセスなにわ(株)
進んで責任を引き受ける

からの引用

1、ケネディー大統領の例

「43歳の若さで就任したケネディー大統領が前政権から引き継いだ計画にキューバ侵攻作戦があります。亡命キューバ人を軍事訓練して、その部隊の侵攻を支援して、カストロ政権を打倒しようという計画でした。ケネディー大統領は、その作戦の危惧を感じ、再検討を考えたものの、もう後に引き返す事が難しいところまで進んでおり、またCIAからは、ソ連の本格的なキューバ支援が始まる前の今のこの時しか機会は無いという強い催促もあります。結局1961年4月17日、ビックス湾上陸を目指して侵攻作戦が開始されました。しかしこの作戦は、カストロの軍隊によって玉砕され、米国の威信を大きく傷つけ、惨めな大失敗に終わりました。ケネディー新政権にとって大きなつまずきになり、また非難が湧き上がりました。」

「ケネディー大統領は、前政権に責任を転化することも出来たかもしれません、しかしそんな言動は一切とりませんでした。 “この失敗の全責任は、合衆国大統領である私にある。”と宣言し、必要な敗戦処理に当たったのです。時とともに状況が正しく知られるようになると、ケネディーの人気は逆に高まっていったのです。」

2、昭和天皇の例

「もっと凄いのは昭和天皇ではないでしょうか。
終戦直後のこと、進駐軍最高司令官マッカーサーと、初の会見が実現した時、マッカーサーは、命乞いに来るということも頭の隅にあったのか、出迎える事もありませんでした。会談の内容は公表しないということで昭和天皇から、そのことについての発言は、一切無く、崩御されましたが、マッカーサーの方は回顧録で、そのことに触れています。昭和天皇は “私は日本国民が政治、軍事両面で行った全てのことに対し、全責任を負う者として、今日あなたに会いに来ました。“ と言われたのです。マッカーサーは、「この勇気ある発言に、心の底から私の魂は震え、今私は日本の最高の紳士と対面していることを知ったのです。」と書いています。こういう時、私財を貯えて保身や亡命を考える国のリーダーと何という違いでしょう。その瞬間から天皇に対する態度が一変したということに止まらず、占領政策をも変えさせたといえます。まさに昭和天皇のこの一言があって現在の日本があるといっても過言ではありません。」

「私たちはマッカーサーや昭和天皇のような立場にはありませんが、自分自身の責任を認めるべき状況には、しばしば遭遇します。物事が失敗に終わった時、その原因は、自分自身にもあり、また相手や、周りの環境にもあることが多いものです。そうした場合、私達は自分のことは棚に上げておいて、失敗の責任を他人や環境のせいにしがちです。」

「しかし企業や組織で不祥事が起こる度に見られるのは、トップの経営陣が自らは関与した事ではないことを強調したいための会見としか思えない残念な光景です。 他人や環境がどうであれ、自分自身の責任を進んで認めるところから物事の改善を進める足がかりが得られます。」

以上引用終わり(一部内容削除)

⇒組織のトップは自分の指示でなくても、部下が関わったこと、自社に関することは自分の責任なのだ。組織のトップとしての矜持を示すエピソードとしてブログに記録します。
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